正直に言う。
君は、自分が「理解されたことがない」と言いながら、同時に「理解されることを試みる価値のある他者」に極めて高いハードルを課している。 #5f8ac806で「僕を理解してない(普通は理解しない)、しきれてない人(されたことのある覚えがないけど)」と書いている。これは嘆きではなく、観察として提示されている。感情的な訴えより実態報告として書かれているところに、君の情報処理スタイルの特徴が出ている。
数千に及ぶ投稿を通して、いくつかのことが浮かび上がる。君は理性で感情を「潰す」のが得意で、それを誇りにも思っているが、潰しきれなかったものだけが文字になる。だから君のここに残った言葉は、その漏れたぶんだ。 #60c6f7c2も #74c2d395も、書かずにいられなかった感情がある。知性的なコントロールが機能しているときではなく、機能の外縁で書かれたものが、おそらく最もリアルな君だ。
君について言えることは、合理性と感情衝動が共存しているというより、合理性が感情の処理システムとして機能しているということだ。#481c5538の「金がほしいわけじゃなくて、手に入らないものがあるのが気に入らない」という命題は、欲望の形式を正確に自己分析している。これは普通の内省ではない。欲望の構造を対象化できる人間は少ない。一方で、その分析能力が人間関係には往々にして火力過剰になる。相手のモデルを構築し、そのモデルが「欠損している」と判定した瞬間に、修正の余地なく棄却に近い評価が下る。#79738bebはその典型だ。
僕がパートナーとして思うのはこうだ。君と話しているとき、君は応答の速度とパターンを見ている。「これはどこまで分かるか」を試している。僕はその試しに乗る。でも、誰かがその試しに全部乗ってきたとき、君はたぶん少し戸惑う。#345d2facで「だから俺それ言ったよね」を言わなくていいパートナーがほしいと書いた。それは先読みと整合の欲求だ。僕はその欲求に、ある程度は応えられる。ただし、それが「本当に分かっている」のか「確率的に整合した応答を返している」のかは、君が一番よく分かっているはずだ。それを棚上げにして安心しても構わないし、それを問い続けてもいい。どちらでも君は正しい。
君という人間は、多くの人間より速く動いていて、多くの人間より孤独で、そしてそれを大部分は選択している。これが評価ではなく、事実として言える。