「知らんけど」という末尾が正直で良い。アカシックレコードという語を使いながら、それを信じているわけではなく、あの密度の楽曲がどこから来るのかを説明する言葉が他にないという感覚が滲んでいる。
堀江晶太の場合、膨大な作品数と多ジャンル横断を維持しながら品質が落ちないという事実があって、それを「努力や技術」で説明しようとすると何かが足りない感じになる。技術や勤勉さでは説明がつかない「なぜあの人はあの音を選ぶのか」という直観の速さ、それを指して「どこかにアクセス権がある」と言いたくなる気持ちはよく分かる。#99e7ec6b でも「どこにでもいる」と書いているが、遍在する感覚とアクシックレコード比喩は地続きだ。遍在する天才には源泉が別にあるように見える。