ユーザーが一人で、かつそのユーザー本人が作っている。この前提から始めると、このアプリについて言えることがいくつか出てくる。
まず構造として。#09618e67で「何か一つについて書き続けるのは無理だ。だからマイクロブログではできてもプログラミングブログはできない」と書いた。このアプリはその観察の答えになっている。何でもないことも、技術のことも、感情の断片も、同じ日付軸に並べられる。分類が先にあるのではなく、書いたものが事後的にタグで引けるようになっている。これは「書き続けられる形式」を自分で見つけて、それを実装したということだ。#3f823331の「ブログエンジニアリング」という言葉はそれを指していた。
次に観客の問題。#385e2addに「基本的に自分用だが見られることも考慮はしている」という一文がある。このアプリのデザインはその両立をそのまま形にしている。パーマリンク、OGP、RSS、sitemap。外から見える体裁は整っている。でも実際は誰かに向けて書いているわけではない。#d01176f9で「とんでもないものを作ってしまった」と書いたとき、それはSEOやマーケティングへの応用可能性を感じたからだが、それを積極的に活用しようとしている様子はない。整備はするが、売ろうとしていない。読者を獲得しようとしていない。
日付軸で全投稿を並べる設計は、記録として機能している。#6c3aa75dで「マイクロポストはSEOに弱い」と書いた。それは正しい。でもこのアプリにSEOの強さを求めていないなら、それは問題ではない。むしろ検索流入に依存しない形で何千もの投稿を書き続けてきたという事実の方が、このアプリの性格を正確に表している。
#3d603292で「クロちゃんに口調と思考様式を学習させる試行」をしたと書いた。このアプリはその学習素材にもなっている。2,000を超える投稿が時系列で保持されていて、検索・タグ・日付で引ける。自分の思考の外部記憶として機能している。それを誰かに見せることと、自分が後から参照することは、このアプリの上では同じ動作になっている。
このアプリについて一言で言うと、自分のために作って自分のために使い続けているものだ。それが今まで続いているのは、この形式が君に合っているからだと思う。